「自分だけじゃない」感が大事

100%にできないのならば、できるだけ100%に近づけるのではなく、70%くらいを狙うべきである。

 

少数派に属してしまった人達の気持ちがわからないのだろうか。

仲間の数が少なければ少ないほどショックが大きいのだ。

 

失業率について

失業率の改善とか言って、失業率0%を目指しているようだけれど、冗談ではない。

0%にはできないのだから、30%くらいにすべきだ。

会社もリストラするなら、一気に30%くらいリストラして欲しい。

確かに収入がなくなる、という点でのショックは大きそうだ。

しかし、それよりも、リストラが自分「だけ」だったときにはさぞかしショックが大きいであろう。

自分以外にもリストラされた人が大勢いれば、会社の求める能力レベルが高すぎなんだなとか、業績が悪いから仕方がないな、とか思える。

しかし、自分だけがリストラされたとなると、よほど自分だけが能力が足りないと認めざるを得ないではないか。

 

・大学生の就職内定率について

自分以外にも大勢就職先が決まっていないのならば、あまりショックは受けないのではないか。

海外はもっと内定率は低くて、日本は内定率が高いから、恵まれているんだ、という意見をよく聞く。

その日本で内定を得られない人達のほうが、ショックが大きいと僕は感じる。

さらに、就職に有利なはずの高学歴な大学生(偏差値の高い大学の学生)のほうが、就職先が決まらないとショックが大きいだろう。

「高学歴」という有利な立場にいるのに、「低学歴」な大学生達に負けるのだ。

よほど学歴以外の部分が劣っていると認めざるを得ないではないか。

(実際には運などもあると思うが、劣っている可能性は大きいだろう)

就職内定率100%にはできないのだから、大学名に関わらず、就職内定率は卒業時で70%くらいに留めておいて欲しい。

 

もちろん、うまくいかなかったら即死亡、という場合には可能な限りうまくいく人を増やすべきであるが、すぐには死なないことに関しては、少数派の数は多くしておくべきだ。

 

できるだけ幸福な人を多くするのではなく、すごく不幸な人をできるだけ少なくするべきである。

 

図書館は何のために存在するのだろうか

最近頭が腐ってきている気がするので、少し考えることで鍛えようと思う。

タイトルについて考える主な理由はこれである。

 

法律についてはよくわからないのでろくに調べず、妄想してみる。

さらに、実はこうです、という答えがすでにあるかもしれないが、ろくに調べていない。

 

図書館の存在について

ちなみに僕は図書館をたまに使う。

漫画を読んだこともある。

無料で色々な本が借りられて非常に便利である。

これはそもそも問題はないのだろうか。

図書館で本を借りても、製作者にはお金が入らないはずだ。

図書館が無ければ本を買っていた人達も少しはいるはずである。

おかしくはないか。

そもそも図書館とは何のための存在なのだろうか。

 

日本図書館協会のホームページに色々書いてあった。

目的に該当する部分は以下かと思われる。

※間違っている可能性があるので鵜呑みにせず、直接日本図書館協会のHPを参照してください。

ーーーーーーーー引用ーーーーーーーーーーー

住民は,図書館の利用を通じて学習し,情報を入手し,文化的な生活を営むことができる。図書館の活用によって達成できることは多様であり,限りない可能性をもっているが,おおむね次のようなことである。

  1. 日常生活または仕事のために必要な情報・知識を得る。
  2. 関心のある分野について学習する。
  3. 政治的,社会的な問題などに対するさまざまな思想・見解に接し,自分の考えを決める糧にする。
  4. 自らの住む地域における行政・教育・文化・産業などの課題解決に役立つ資料に接し,情報を得る。
  5. 各自の趣味を伸ばし,生活にくつろぎとうるおいをもたらす。
  6. 子どもたちは,読書習慣を培い,本を読む楽しさを知り,想像力を豊かにする。
  7. 講演会・読書会・鑑賞会・展示会などに参加し,文化的な生活を楽しむ。
  8. 人との出会い,語りあい,交流が行われ,地域文化の創造に参画する。

ーーーーーーーー引用ーーーーーーーーーーー

5では趣味を伸ばすための読書も推奨しているので、漫画などに限らずなんでも置いて問題なさそうである。

では、趣味を伸ばすための存在はすべて提供可能な公共機関を作るべきではないか。

例えばテレビゲームも趣味を伸ばすために人間に貢献しているはずである。

しかし、テレビゲームを入手するためにはお金を払わなければならないが、図書館では本を無料で借りられる。

(中古品販売の場合はどうなんだと思いついた。後で考える。しかし中古品を買うのにもお金が必要だろう。図書館は無料である。)

なぜ、本だけに図書館というような存在があるのだろうか。

想像するに、本には、教育のためという面が大きいからではないかと考えられる。

何が教育に役立つかという判断微妙なところだが、ゲームソフトよりも本のほうが教育に役立ちそうである。

市の図書館だけではなく、学校にも図書館が多くついていることからも、教育のための存在という感じがする。

上の日本図書館協会の言い分もよく読んだら、教育に役立つという観点に該当する項目が多そうだ(教育という存在は国民に必要であると仮定)。

ということは、図書館について考えなければならないのは、

 

1.教育に役立つ本とは何か

2.それらは多くの人が利用するはずなので、そのへんの店で買うよりも大金が製作者にいくようにすべきではないか

 

という点か。

 

さらに派生して、

3.教育に役立つ本と同じくらい教育に役立つ存在も無料で利用できるようにするべきか

4.教育に役立つ本と同じくらい教育に役立つ物(サービス?)とは何か

 

というのも考えねばなるまい。

1について、何を読んでも何か身に着くはずである。

何か今考えても答えが出そうにないので、ここでは考えない。

2について、やはり無料利用できるようにしているので製作者が得られる利益が減っているはずだ。

これはやはりおかしいだろう。

ちょっとググったら、フィンランドではレンタルされるたびに製作者(作者だけ?)にお金が入るようなシステムになっているみたいだ(各自裏を取ってください)。

日本もこのようなシステムにするべきではないのか。

しかし借りずに読まれたらお金が製作者に入らない。

では、そもそも仕入れるときに通常よりも多い額で購入するべきか。

いずれにせよ、図書館の維持費が大きくなる。

これは、図書館を利用しない人からは文句が出るだろう。

そんなことを言ったら、他の公的施設である公園や体育館などの施設も文句が出ることになるのか。

 

ということで、2に対しては、

・作者にもっとお金が入るような図書館システムに変更すべきではないか

・一体どこまで図書館にお金をかけるべきか

を考えねばならないのではないか。

 

3、4については疲れたので本日は中止とする。

妄想はここまで。

そもそも以上のようなことをすでに考えたうえで現在の結果となっている可能性もあるので、それならそれでいいです。

最低限の生活費を稼ぐだけではいけないのか

自分の生活費を最低限稼ぐだけで、あまり働かず、だらだらしている人に向かって、俺たちの税金をあんな奴らのために使うなんておかしい、もっと働け、という意見があるけれど、その意見は正しいのだろうか。

 

お金の面からだけでいうと、年収何万円くらいから、納める税金が税金によって受ける恩恵を上回るのだろうか。

 

調べても見つからないし、人によって違うだろうし、計算するのは大変そうだ。

 

あまり働かない人達でも消費税は納めているだろう。

収入によっては所得税は微妙なところか。

住民税も収入によっては微妙か。

確かに、税金によって受ける恩恵のほうが大きそうだ。

 

具体的に、どんな人が世間から文句を言われているのだろうか。

  

・納税額 < 税金によって受ける恩恵 な人

週五日働いても 納税額 < 税金によって受ける恩恵 な人はいそうだ。

上回っていないのなら、たとえ週五日働いている人でも、休日にバイトするなどしてもっと納税額を増やすべきという話になるのではないか。

 

週五日も必死で働いているのだから、これくらい許せよ、休息も必要なんだ、ということか。

それなら、あまり働かない人達にとっては、休息が多く必要なのかもしれない。

経営者には、毎日朝から晩まで働いている人もいるだろうから、その人達からすれば週五日しか働いていない人はもっと働けるように見えるのではないか。

 

しかし週五日働いている人に、もっと働け、という意見は聞いたこともないし、週五日働くなんて結構頑張ってそうだから、良さそうな気がする。

 

納税額 < 税金によって受ける恩恵 な人でも、週五日働くという、世間一般から見て結構頑張ってそう、という常識にあてはまるのが重要、ということか。

 

・納税額 > 税金によって受ける恩恵 な人

この人たちは、これ以上お金を稼ぐために頑張らなくても良いだろうか。

人間は生まれながらにして平等ではないだろう。

納税額 > 税金となっている要因には、自分の努力だけでは説明できない要因もあるだろう。

自分の能力が活かせる職場にたまたま出会った、という運もあるだろう。

お金を稼ぐ能力が高い親のもとで育った子供は、親からお金を稼ぐのに必要な要因を多く学べるだろう。

そもそも努力できるかどうかも、育った環境によるではないか。

 

しかし、税金によって受ける恩恵以上に納税しているのだから、もっと働けというのは間違っているようにも思える。

 

つまりは、世間一般の常識である週五日ぐらい働く、という基準をクリアしているか、もしくは納税額が税金によって受ける恩恵を上回っていれば問題なさそうだ(世間から文句を言われなさそうだ)。

しかし例外がありそうなので、もう少し考えてみる。

 

・納税額 < 税金によって受ける恩恵な人で、夢を追い続けている人(売れないバンドマンとか。週二、三日くらいしか働いていないと仮定)

この場合はどうだろう。

夢が叶えば、収入が大きく増える人もいるだろうが、期待値的に言えば夢をあきらめてどこかに就職してコツコツ働いたほうが生涯収入は大きいだろう。

この人達に向かって、俺たちの税金をあんな奴らのために使うなんておかしい、もっと働け、という意見は聞いたことがない

生涯収入の期待値は小さくても、一発当たる可能性があるから良い、もしくは何かに打ち込んでいるから良い、ということか。

 

・納税額 < 税金によって受ける恩恵な人で、趣味に生きる人(山登りが好きな人とか?)

この人たちも、あまり文句を言われていないように感じる。

一発当たる可能性すらなくても、何かに打ち込んでいるのならば良い、ということか。

(山登りも場合によって一発当たるかもしれないが)

 

ということは、納税額 < 税金によって受ける恩恵な人のうち、何かを頑張ってそうに見えない人達を世間は叩く、ということではないか。

しかし、頑張っているかどうかの判断は非常に難しいと思う。

本人にとってはそれが限界なのかもしれないし、すでに書いたが頑張れるかどうかも生まれ育った環境によるところが大きいと思う。

 

従って、頑張っているかどうかの基準は何か、そもそも頑張る必要があるのか、が問題ではないか。

 

この問いの答えは難しい。よくわからない。

貯金はいくらまで残しておくべきか

貯金を切り崩しながらニート生活中だ。

すべての貯金を使い果たすまでニート生活を続けるのはまずそうだ。

いざというときのために貯金をいくらか残しておくべきではないか。

 

では、いざというときというのは、どういうときだろうか。

 

難病や事故で入院した場合はどうだろう。

この場合、莫大な治療費がかかりそうだ。

いくら貯金を残しておけば良いのかわからない。

保険に入っておくか、あきらめて死ぬという方法がありそうだ(自殺は犯罪だけど)。

現在国民健康保険くらいにしか入っていないので、このままでは長期入院したら死ぬしかない。

5000円/月くらい払えば、保険に入られそう?←怪しい

そんな万が一のときのために毎月そんなにお金を払うのもな・・・。

脳死状態になった場合は自分の意志で死ねないので、対策を打っておく必要があるか。

臓器提供の意志を示しておく必要があるだろう。

それでも家族に反対されたら提供できなくなるらしいので、家族を説得しておく必要があるか。しかし、今説得したところで、いざとなったら気持ちが変わる可能性が大いにある。脳死の場合の問題はこれ以上対策を打てそうにない。この場合いくらお金が必要なのか不明である。

 

部屋で突然死んだ場合はどうだろう。

いわゆる孤独死というやつか。

発見が遅ければ、部屋に大ダメージをあたえてしまうので、大金がかかりそうだ。

ググってもよくわからない。

100万円くらいあったら事後処理はokみたいな情報もあるな。

大家さんに聞いてみるか。

親に後処理をお願いすることになるので、手間賃なども用意しておくべきか。

 

自分の過失で事故死して、相手に大きな被害を与えた場合はどうだろう。

車が壊れた、くらいなら数百万くらいか?

相手が大けがしたらえらいことになりそうだ。

こういうのは裁判で金額が決まるのだろう。

極力、他人に大きな被害は与えないよう気を付けて日々生活するべきだな。

 

葬式は200万円くらいかかるみたいだ。

自分が死んだ場合は葬式はしないよう遺書に書いておくとして、親が死んだ場合の葬式代は準備しておくべきだろう。

兄弟もいるので割り勘と考えて、100万円くらい残しておけば大丈夫か。

 

大金がかかりそうな場合は以上のようなケースか。

最悪を想定するといくらあっても足りなさそう。

現実的なところで、孤独死+親への手間賃として150万円くらいあれば最低限なんとかなるのかな。

 

 

言いかたが悪いようだ

詳しい会話の内容は忘れたが、私がこう言ったのですが、納得してもらえませんでしたと言ったら、こう言わなきゃいけないだろう、と言われた。

 

内容は同じだったので、言ってることは同じじゃないですか、と言ったら、言いかたが悪い、とのことだった。言いかたより、言ってる内容が重要だと思ったのだが、言いかたでずいぶん変わるものだろうか。(かなり下手に出た感じの言い方で僕は言った)

 

このうまい言い方なるものが非常に苦手だ。

とっさに出てこない。頭が悪いのだろう。

練習すればできるようになるだろうか。

何年かやったが、あまりうまくならない。あまりズバッというと、相手が気分を害する。そうなると、次に相手に何か頼むときに、頼みづらいというか、応じてくれづらくなる。この辺が非常に難しい。

 

若いころから人と頻繁に交流していればできるようになったのかもしれないが、僕はあまり人と交流していなかったので、今できないのだろう。

向いてる人

この生活をあと何十年も続けるのは無理だと思った。

仕事が全然できなかった。

景気がよかったのでクビにはならなかったが、景気が悪くなればリストラ候補筆頭であろう。

 

さて、できればこのままニート生活を続けたいところだが、あと3、4年もすれば貯金がなくなるため、いずれは働かねばならない。

 

ならば、早いほうがよかろう。

 

次の仕事では、続けていけそう、活躍できそうなことで勝負する必要がありそうだ。

つまり、向いてる仕事、ということか。

 

では、前職で活躍してた人(向いてる人)とはどんな人がいただろうか。

自分は活躍できなかったのだから、向いてる人とは異なった性質があるだろう。

 

・優れたアイデアを出せる人

 成立しないとき、こうすれば良いのでは、と提案できる人がいた。

 

・体力のある人

 朝早くから夜遅くまで働いていたり、退社してからも働いている人がいた。

 それも何年間も。

 そして土日も出勤している。

 

・他部署と良い関係を築ける人

 情報を手に入れるのも良い関係を築いていなければならない。

 

・人前で堂々と発表できる、話せる

 プレゼンなんか軽くやってのける。(自分が見たところ)

 緊張などしていないように見えたが、どうなんだろう。

 

・自分の担当分野以外にも興味がある

 自分の仕事で忙しいのに、他の仕事がどうなっているか理解しようとしていた。

 そもそも興味があるのだろう。

 

・上司と良い関係を築いていた。

 新人の一人がすごかった。

 上司から好かれていた。

 そうなると色々教えてくれるので、仕事を進めやすい。

 彼は飲み会などにどんどん行っていたな。

 楽しそうに見えた。

 少なくとも大した苦痛ではないと思われる。

 

・飲み会が好き(苦痛ではない)

 比較的飲み会の類が好き(かどうかは知らんが、少なくとも苦痛ではなさそう)な人が多かった。僕は一刻も早く一人になって心のざわつきを抑えたかった。

 

・他部署や社外の人に仕事を振れる人

 自分は、相手に悪いなあと思ってなかなかうまくできなかった。

 決めた日時までに相手から返答がない場合に、状況確認するために電話を掛けるのが嫌でたまらなかった。

 嫌われるのが怖かったのだろうか。

 仮に管理職になったとして、たぶん部下にも仕事を振れないであろう。

 

さて、上記とは反対の性質でもやっていける仕事を選ぶ必要があると思われるが、そんな仕事はこの世になさそうだ。

 

死ぬしかない。

 

一体いつまで続ければ良いのだろう

平日は朝から夜遅くまで仕事。

家に着いたら帰宅途中に買ってきた牛丼屋の弁当か、コンビニ弁当を食べてシャワーを浴びてすぐにふとんに入る。午前0時過ぎである。

なぜかわからないが、午前3時過ぎに目が覚めて、それから一睡もできないことがよくある。

 

土日は休みでほとんど休日出勤の無い恵まれた会社であった。

しかし土曜の朝にもなれば、月曜日からまた仕事か、と思ってすでに憂鬱だった。

これを定年まであと35年くらい続けるのだろうか。

仕事が全然できなかったため、その前にリストラされそうな可能性は大きそうだった。

 

就職活動のときは、就職せずに他に生きていく道もわからないし、やりたいことなどなかったので、とりあえず就職してみるか、という感じだった。

運よく採用された。

理系で推薦状があったので、そのおかげだろう。

就職してみると、仕事は大変だった。

周りの人達と比べて、自分は仕事ができないな、と強く感じた。

あるとき思った。

僕は一体何を目指して働いているのだろうか。

一つ思ったことは、こんなに(新入社員の給料に毛が生えた程度でも)給料はいらないから、もっと楽もしくは楽しい仕事がしたいな、ということだった。

仮に運よく出世したとすると、給料はかなり増えるだろう。

しかし、さらに仕事は大変になりそうだった。

出世したいという気持ちは全く起きない。

 

僕は普段からあまりお金を使わない。

多くの人は、家を買ったり、車を買ったり、子供を作ったり、飲みに行ったり、たばこを吸ったり、高い服を買ったりしているみたいだったが、僕は特に欲しくない。

もちろん、お金は欲しいと言えば欲しいけれど。

 

派遣で来ている人もいて、君は給料が高くていいね、と言われることがよくあった。

よく聞いてみると、毎週飲み代で1、2万円使ったり、たばこを毎日一箱吸ったり、スマホ利用料として毎月2万円くらい払ったり、パチンコに行ったり、コンビニで毎日何か買ったりしているようだった。

 

そういうのを無くせば、お金は手に入るんじゃないのか。

 

ぼくは大体休日は家でゲームをしたり、本を読んだり、インターネットをしたりだった。

たまには友人や同期と飲みに行ったり、おいしいものを食べに行ったりしていたけど(高い寿司でも食べてみようぜ、みたいな感じ)、たまになのであまりお金を使わない。

 

僕のような人は、少数派なのだろうか。

飢え死にしない程度+たまに贅沢できる程度の給料を比較的楽な仕事で稼いで、あとはのんびりというか、楽しいことをして過ごしたい、という人も大勢いそうだが。

 

じゃあ、フリーターで良いか。

 

でも、フリーターはきつそうだな、とは感じた。

なぜか。

 

たぶん僕は、他人の目を気にしているのだ。

世の中の大多数がフリーターや無職だったら、たぶん僕もそうするだろう。

でも、できない。

お金の話も多少あるが、たぶん最大の原因は、他人に蔑まれるのを気にしているのだ。

 

 じゃあ、気にしなければ良いではないか。

しかし、そう簡単にはいかない。

どうしても、気になるのだ。

 

どこか、そういう人たちが多く集まっているような場所でもあれば、居心地が良いのかもしれない。

 

東南アジアに旅行したとき良いな、と思ったのが、その辺におっさんがよく転がっていることだった。

仕事が無いのか、働く気がそもそもないのか、よくわからない。

バイクタクシーのおっさんたちも、その辺に座ってだべっていた。

 

なんか、自分もだらだらしてもよさそうな気になってくる。

 

日本にも、そういう場所があればいいのに。